今後の展望・結論
前方後円墳に見る支配の痕跡 -付加構築仮説による再解釈-
【今後の展望】
本稿で提起した「付加構築仮説」は、前方後円墳を静的な完成物ではなく、動的な構築過程として捉える新しい視点を提供するものであった。 今後の研究においては、複数の視点からこの仮説を検証・拡張していくことが期待される。
まず第一に、前方後円墳の構造的非対称性や築造段階の痕跡を、三次元計測や断面スキャン、地中レーダーなどの技術を活用して精密に分析する必要がある。 盛土の層構造や地盤の痕跡を読み解くことで、「付加」の有無や時期の差をより明確に捉えることが可能となる。
第二に、副葬品や周辺遺構の年代測定、配置パターンの比較などを通じて、墳墓の再利用や象徴的上書きの実態を広範に追跡する調査が求められる。 特に同一墳丘内における年代の異なる副葬品群の存在は、“支配の多層構造”を読み解く鍵となるだろう。
第三に、前方後円墳の全国的分布における「不完全な形態」や「継ぎ接ぎ的構造」を系統的に整理し、 “完璧な形”ではなく“歪み”を持つ古墳の政治的背景や地域間関係に注目する比較研究が望まれる。 これにより、前方後円墳が均質な国家の象徴ではなく、各地で異なる文脈をもって成立していた可能性が可視化されるだろう
これらの展望を踏まえ、本仮説は「権力のかたち」を問い直す考古学的思考のひとつの出発点となることを目指すものである。
【結論】
本稿では、前方後円墳という古墳のかたちが、単なる美的形式や統一的設計の産物ではなく、政治的支配の動態を反映した“付加構築”の痕跡である可能性を提示した。 すなわち、既存の墳墓に新たな構造を足すという行為が、単なる建築的な工夫ではなく、支配権の上書き・可視化・正統化の手段として機能していたという視点である。
墳丘に刻まれた歪み、非対称、年代のズレ──それらは完成された国家の表象ではなく、むしろ“未完成な支配”の記録として読み直すべきである。
この「付加構築仮説」は、従来の中央計画的墳墓論に対して、視覚的整合性ではなく構造的矛盾に注目することで、より多層的かつ動態的な政治構造の解釈を可能にする。
日本文化に根ざす“足す”という価値観の中で、前方後円墳というかたちもまた、征服・継承・演出の舞台装置として意味を持ち得た。 今後、前方後円墳を「完成された形」ではなく、「編集された痕跡」として捉える視点が、古代日本の権力構造の実相に迫る手がかりとなることを、本稿は示唆するものである。